
「私が消防団へ入団した理由」
中津川市消防団
加子母分団
団員 内木つばさ
私が消防団に入団したいと思ったきっかけは三つあります。
まず一つは「地元のために役に立てる人間になりたい」ということです。
高校から約6年間地元を離れて帰ってきた時に、この加子母が好きな自分を改めて感じました。今しかできない事を思い切ってやってみたいと思っていたところに、地元のために活動する消防団員の友人を見て入団を決意しました。
二つ目の理由は「自分に自信の持てる人間になりたかった」といういことです。
私が入団する一年程前に「秋葉原無差別殺傷事件」がありました。その被害者の中に職場の同期の方の同級生がいたのです。悲しむ同期を見ていたら他人ごととは思えませんでした。「自分がもしあの時、あの場所にいたら・・・」と考えたら何かできる自分でありたいと思いました。
そして、いざという時に人を助けられる知識を身につけておくことは自分の成長となり、家族や周りの人を守ること、助けることができる気がします。
誰かを助けるという場面は一生に一度もないことかもしれませんが、知識を身に付けたり、訓練しておくことでそれが自分の自信に繋がるのではないかと思ったのです。
三つ目は消防団の制服をちょっと着てみたかったからです。
実際に入団してみて、もちろん団員は皆さん男性の方ばかりなので、「なぜ入団したのだろう・・・ なぜ私はここにいるのだろう・・・」と自分で入団を決めておきながらも自分の居場所に困惑することも多々あります。
しかし、入団して良かったと思う点は、寒い中でも汗をかいて訓練に励み、自分の身も危ないような火災や災害の現場に出動する団員の皆さんを見て「私たちはこうやって守られているのだ」と感じたことでした。食事をしている時でも、寝ようと布団に入ったその時でも、仕事から帰って一息ついた時でもサイレンがなれば消防団員は出動します。団員の皆さんと関わってみてその力強さを感じました。
これまで中津川市では女性が消防団員として活動していないため、まだまだ私の消防団員としての活動は未熟なものですが、団本部の方をはじめ,女性も活躍、活動できる環境を考えて下さっています。
火災、災害、捜索など本当は全くないことを望みます。しかし私たちが生活する中でどうしても起きてしまうのが現状です。「いざという時に何かできる人間」になるように、今後もさらに訓練を積み重ねていき、知識の習得、技術の向上を目指し、私の故郷であり大好きな中津川加子母の消防団員として積極的に活動していきたいと思っています。
最後に多くの女性が入団を希望され、私たちと一緒に大好きな故郷を守っていただけたら大変嬉しく思います。
消防団の心意気を誇らしく
中津川市消防団
団長 丸山輝城
東日本を襲った大震災は我が国に甚大な被害をもたらしました。「平成23年3月11日午後2時46分」は全ての日本人にとって決して忘れる事は出来ない災害でありました。
あの時刻、現地の多くの消防団員は地域住民の安全避難誘導のための素早い行動をしておりました。
住民に非難を呼びかける為の半鐘を鳴らし続けていて津波にさらわれた団員、海を背にして住民の避難誘導の指揮を取っていて海に飲み込まれた団員、津波から地域を守る為に水門を閉める作業をしていて犠牲となった団員など、多くの消防団員が殉職をされました。
消防団に所属するものとして悲しみの心を持ち心からの哀悼の意を表します。
私は消防の心意気に対し大きな誇りを感じるもので有ります。
中津川の消防団員のみならず市民の多くの「東日本大震災被災地への支援と対応」は他地域に比類ないものでありました。市民から寄せられた義捐金は1億4千万円にのぼりました。この金額は県内他市と比べても飛び抜けた大きな額であります。
昭和7年8月26日、この街を襲った「四ツ目川大災害」の経験はこの街に住む人々の災害に対する思いなどのDNAが存在するものと思うのであります。
1631名の中津川市消防団員は「職場では誰よりも良く働き、同僚からは頼られる存在」であり、消防においては地域を守る心意気で日夜活動をしております。
年齢の差は40才程も有りながら互いの思いや悩み、喜びを語り合える団体は他には有りえない集団と思います。また職業も様々で、自営業者、工場従事者、公務員、サラリーマンと広範な階層の人々であります。
嬉しい話として平成23年度には30名を超える団員が結婚をされました。団員のご家庭では88名の赤ちゃんが誕生しております。このようなお祝い事にも団員の所属する「共助会」からささやかですがお祝いをさせていただいております。
女性消防団員も加子母分団をはじめ、少しずつではありますが入団をしていただいております。また機能別消防団の編制もすすみ、OB団員を中心に大勢の方が所属をしていただいております。
最後に地域を思い、人生を語り合う事が出来るのは消防団しかないと思うのであります。近い将来にはリニアの駅が出来るこの中津川の未来の夢を皆さんと広げていきたいものであります。
平成24年度 中津川市消防団
<機能別消防団の紹介>
中津川市消防団は「団本部」「13地区分団」「ラッパ分団」「音楽隊」で組織されていましたが市の条例改正をし、平成21年10月1日より「消防サポート隊」として各地区分団所属の下、「中津川市機能別消防団」が発足しました。
平成24年4月1日現在、消防サポート隊として下記の機能別消防団が発足し、団員が不足する日中の消火活動や水利確保の後方支援、救急支援、大学生による災害時の支援、音楽隊演奏者の増員など、多岐多様の支援活動として183名(女性を含む)が志をともに活動を行っています。
<団長挨拶>
中津川市消防団は、20才から50才後半までの多様な年齢の人々、サラリーマン、工場勤務者、自営業の人、公務員、更には大学教授など極めて広範な階層の1700名を超える人々で構成されております。
今日の社会、経済の下で生きる私達は、自分自身のことを精一杯な時期であるかもしれません。
こんな時代であるからこそ、自分の仕事を一生懸命守りながら、ほんの少しの時間の余裕を作って消防団活動に充てている人々が所属しているのが消防団です。
中津川に住み、働く1700名の人々は、自分の行う小さな消防団活動が自分の実感する以上に、地域社会への貢献となっており、市民から感謝の念で迎えられていることを知る時、なにものにも代えられない喜びが湧いてくるのであります。
消防団は大きく変わってまいりました。
参加するすべての人たちの尊重はもとより、義務的活動を極力縮減しております。これ程多様な職業、これ程巾広い年齢構成でありながら、この違いを感じさせない人間関係がある団体は、今の時代、消防団にしか残されていないと思います。
消防団に所属しながら自分の住む町内の人々へ安全と安心に貢献できることは、家庭にあっては家族の絆は強くなり、職場にあっては消防団員であるからこそ同僚から頼られるものと確信しております。
「この中津川の未来を皆さんと一緒に大きく変え、創って行こうではありませんか。」
<中津川市機能別消防団の紹介> 中津川市消防団は「団本部」「13地区分団」「ラッパ分団」「音楽隊」で組織されていましたが、市の条例改正をし、平成21年10月1日より「消防サポート隊」として各地区分団所属の下、「中津川市機能別消防団」が発足しました。 平成22年4月1日現在、下記の「消防サポート隊」が発足し、消防団OBや自治会による団員が不足する日中の消火活動や水利確保の後方支援・救急支援・大学生による災害時の支援・音楽隊演奏者の増員など、多岐多様の支援活動でそれぞれの地区分団・音楽隊の抱える問題の支援活動として102名(女性を含む)が志をともに活動を行っています。 ★中京学院大学災害時学生支援隊(中津分団所属) ★音楽サポート隊(音楽隊所属) ★阿木消防団OB(阿木分団所属) ★エルジェ(福岡分団所属) ★EMS TEAM HIRUKAWA(蛭川分団所属) ★防火防犯協力隊(坂下分団所属) ★TEAM KAWAUE SUPPORTERS(川上分団所属) この他に、本年度も新しい「消防サポート隊」が誕生する予定です。 今後も、取り巻く環境の変化に対応する「ちから」を中津川市消防団は発揮いたします。
中津川市消防団は20歳から50歳後半まで多様な年齢の人々、サラリーマン、工場勤務者、自営業の人、公務員、更々には大学教授など極めて広範な階層の1700名を越える人々で構成されております。
今日の社会、経済状況下に生きる私達は、自分自身のことを考えことが精一杯な時期でもあります。こんな時代でありながら、自分の職業と仕事を一生懸命守り、ほんの少しの時間の余裕を消防団活動に充てている人々が多数所属しているのが消防団です。
中津川に住み、働く1700名の人々は、自分の行う小さな消防団活動が自分の実感した以上に、地域社会への貢献となっており、市民から感謝の念で迎えられていることを知る時、なにものにも変えられない喜びが沸いてくるのであります。
消防団は大きく変わってまいりました。
参加するすべての人達の尊重はもとより、義務的活動を極力縮減しております。これ程多様な職業、これ程年齢構成でありながら、この違いを感じさせない人間関係が有る団体は、今は消防団にしか残されていないと思います。
消防団に所属しながら自分の住む町内の人々に安全と安心に貢献できることは、家庭にあって家族の絆は強くなり、職場にあっては消防団員であるからこそ、同僚から頼られるものと確信しております。
この中津川の未来を皆さんと一緒に大きく変え、創って行こうではありませんか。
中津川市は、中山道45番目の宿場町として木曽及び飛騨地方の交通ならびに物資集散の要所として発達してきた街です。そのなかで消防は、施設及び人員を活用して、住民の生命、身体及び財産を保護する任務をもって常に犠牲的精神に培われて郷土の守りとなり、郷土と共に育まれ、郷土と共にあるいてきました
《中津川地区》
| 昭和62年 8月 2日 | 第36回岐阜県消防操法大会(高富町) 準優勝 |
| 平成 2年 8月 5日 | 第39回岐阜県消防操法大会(安八町) 準優勝 |
| 平成 3年 8月 5日 | 第40回岐阜県消防操法大会(多治見市) 準優勝 |
| 平成 6年 8月 7日 | 第43回岐阜県消防操法大会(大野郡) 準優勝 |
| 平成 8年 8月 4日 | 第45回岐阜県消防操法大会(中津川市) 準優勝 |
| 平成 9年 8月 3日 | 第46回岐阜県消防操法大会(各務原市) 準優勝 |
| 平成10年 8月 2日 | 第47回岐阜県消防操法大会(明宝村) 優 勝 |
| 平成10年10月 8日 | 第16回全国消防操法大会 (横浜市) 準優勝 |
| 平成14年 8月 4 | 第51回岐阜県消防操法大会(本巣町) 優 勝 |
| 平成14年10月24日 | 第18回全国消防操法大会 (横浜市) 準優勝 |
| 平成16年 8月 3日 | 第53回岐阜県消防操法大会(下呂市) 優 勝 |
| 《恵北地区》 | |
| 昭和61年 8月 3日 | 第35回岐阜県消防操法大会(福岡町) 準優勝 |
この表彰は、(財)日本消防協会が昭和54年に創設したもので、規律厳正にして技能熟達し成績抜群な消防団が、技能を練磨し施設を充実し、さらに全国消防操法大会へ出場、優秀な成績を収めるなど永年にわたり抜群な成績を堅持した消防団に、全国で毎年10団のみに授与されるものです。消防庁長官表彰、日本消防協会長表彰旗の受章経歴が必要であり、消防団にとって最高の栄誉とされるものです。
「まとい」は、身の丈1.9m、重さ約30kgで、純金箔がほどこされた陀志(上部)と馬廉(中央部)を心棒が支えてます。